木下様写真館(1)
写真集 昭和46年  1971年当時の貴重な写真


木下 聡 様のご好意により、
昭和46(1971)年4月に撮影された、大変貴重な写真の掲載許可を頂戴いたしました。

ここでご紹介する写真の著作権は、木下様がお持ちになっています。
どれも、現在では撮影不可能な貴重な写真です。

貴重な写真を後世に残し、そして掲載の許可をくださったことに対し、
厚く御礼申し上げます。 ありがとうございます。

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函館市電308号、301号、305号
【1】駒場車庫で撮影された301号と305号です。
そして、301号の左奥の車輌は、車番が外されていますが308号になります。



函館市電301号、302号、724号

【2】駒場車庫で撮影された308号です。


鉄道雑誌「鉄道ファン」1971年2月号(No.118)
「REPORT 函館市電近況  佐々木 和夫様」の記事
には、 次のような内容が書かれています。

300形は、昭和45年5月中旬に営業線から引退し、全車15両のうち302・303・308〜310・312・314の7両が廃車となった。 このうち312は児童施設用として梁川町の交通公園に搬入されたが、保存ではないので、車内は子供たちによって荒らされてしまった。他の車は、11月11日もしくは10日から梁川車庫内で解体された。残った8両は301〜308と改番され、46年度以降に工事牽引車・・・1、除雪車・・・4、装飾車・・・3にそれぞれ改造の予定である。

このことから、この昭和46年4月に撮影された308号は、旧315号ではないかと推測しています。 尚、昭和45年11月の解体を免れた8両ですが、その内、301号は工事牽引車として、しばらくの間、駒場車庫に残されたようです。装飾車に改造された3両は、305〜307号であると考えられます。 4両は、除雪車に改造予定でしたが、これは実現せずに中止になったようです。




函館市電301号、302号、724号
【3】駒場車庫で撮影された301号、302号、724号です。

この昭和46年4月に撮影された302号は、旧311号ではないかと推測しています。



函館市電303号
【4】駒場車庫で撮影された303号です。

この昭和46年4月に撮影された303号は、旧313号ではないかと推測しています。



函館市電303号、305号
【5】駒場車庫で撮影された303号と305号です。



函館市電305号
【6】柏木町停留場で撮影された305号です。



車番 製造年 製造メーカー 備 考
301〜
315号
1936年
(昭和11年)
函館船渠
株式会社

昭和11年(1936)函館船渠株式会社(現在の函館どつく)で製造されました。 当時、函館で、路面電車を運営していた帝國電力において、昭和11年6月7日に301〜303号、9月15日に304〜315号が就役を開始しました。

昭和45年(1970)1000形の導入に伴い、300形は余剰と判断され、301号は、昭和46年8月20日付で廃車となりました。 301号は、廃車後もしばらくは駒場車庫に保存されていましたが、昭和55年(1980)か56年に解体されたようです。

300形は、305〜307号が、花電車に改造されて残されています。

また、非公開の状態ですが、313号が「北海道開拓記念館」に残っています。



 当ホームページでは、300形の車番変更について、一部推定を含みますが、
 次のように考えています。

  【減車】7両 昭和45年5月20日届出 302,303,308,309,310,312,314号

 301→301存続

 302→廃車後、同年11月に解体
 303→廃車後、同年11月に解体

 304→304存続
 305→305存続
 306→306存続
 307→307存続

 308→廃車後、同年11月に解体
 309→廃車後、同年11月に解体
 310→廃車後、同年11月に解体

 311→302へ車番変更

 312→廃車 →梁川町の交通公園に展示 →その後、撤去解体

 313→303へ車番変更

 314→廃車後、同年11月に解体

 315→308へ車番変更


・301,304〜307の5両はそのまま同じ番号

・311→302
・313→303
・315→308

このように考えますと、改番は3両だけで済むからです。このパターンなら、当時の函館市交通局の改番の手間が 少なくて済むと考え、このように3両だけが改番されたものと推測致しました。




【減車】9両 昭和46年8月20日届出 301〜308号,1010号

 301→駒場車庫にしばらく残されたが、昭和55年(1980)か56年に解体された模様。

 302(旧311)→廃車、後に解体

 303(旧313)→昭和46年4月11日に、さよなら運転。後に廃車となるも、
          北海道開拓記念館へ寄贈されることとなり、
          313号へ車番を戻し、この年の6月29日に札幌へ出発。

 304→廃車、後に解体

 305→花電車1号(装飾車1号)へ改造、車籍を302号へ変更
 306→花電車2号(装飾車2号)へ改造、車籍を303号へ変更
 307→花電車3号(装飾車3号)へ改造、車籍を304号へ変更

 308(旧315)→廃車、後に解体


・301→廃車。但し、工事牽引車としてしばらく残留。昭和55年(1980)か56年に解体。

・311→302→廃車、後に解体

・313→303→廃車。後に、北海道開拓記念館へ寄贈されることとなり、
          313号へ車番を戻し、この年の6月29日に札幌へ出発。

・304→廃車、後に解体

・305→花電車1号(装飾車1号)へ改造、車籍を302号へ変更
・306→花電車2号(装飾車2号)へ改造、車籍を303号へ変更
・307→花電車3号(装飾車3号)へ改造、車籍を304号へ変更

・315→308→廃車、後に解体


300形の廃車と車番変更に関する情報整理

木下 聡 様のご好意により、300形の貴重な写真について、掲載許可を頂戴したことを契機に、廃車と車番変更について、表にして情報を整理してみました。尚、表の中の「装飾車」とは「花電車」のことです。

函館市電300形の情報整理
724号 1961年
(昭和36年)
株式会社
新潟鐵工所

昭和36年(1961)10月、株式会社新潟鐵工所で製造されました。

昭和36年7月10日、函館市電724号として認可を受けました。

昭和43年(1968)10月ワンマンカー改造が行われました。
昭和45年(1970)10月暖房設備が取り付けられました。

惜別 平成30年(2018)3月末廃車

■参考資料
 ●『REPORT 函館市電近況』(佐々木和夫氏) 鉄道ファンNo.118(1971年2月)
 ●『REPORT 函館市電300形単車姿を消す』(千歳 篤氏) 鉄道ファンNo.123(1971年7月)
 ●『REPORT 函館市電その後の300形』(佐々木和夫氏) 鉄道ファンNo.127(1971年11月)
 ●『REPORT 函館市電便り』(佐々木和夫氏) 鉄道ファンNo.140(1972年12月)

■関連記事
 ●車両の推移2  ●車両の推移4

2008年当時に作成した、「300型の車番変更」という記事を、併せてご案内いたします。
但し、この2008年当時の記事は、私がうまく情報整理ができなかったときの記事になります。その点をご考慮頂いた上で、ご覧いただければ幸いです。300形のことばかり考えていたわけではありませんが、2023年3月26日に、自分の中で情報整理ができるまで、14年以上の年月を要したようです。。。

 300型の車番変更(2008年11月2日作成) https://wakouji.sakura.ne.jp/hakodate/300number.htm

(2023年3月25日掲載・27日・28日追記)

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