江戸っ子時代の姿
他のページへジャンプ→ 1
 江戸っ子  東京都電7000型→函館市電1000型

撮影年を明確に表示できないのですが、
東京時代の写真の一部をご紹介いたします。

東京都電の7037号と7039号の写真掲載については、
東京都交通局より許可を頂戴いたしました。
昭和46年12月10日に東京都交通局より発行の
『都電60年の生涯』より掲載させていただきました。
許可をくださった、東京都交通局の皆様、そして、
ご担当の石川様に御礼申し上げます。

また1008号の写真掲載については、
函館市交通局より許可を頂戴いたしました。
平成5年8月に函館市交通局より発行の
『走りました80年』より掲載させていただきました。
許可をくださった、函館市交通局の皆様、 そして、
ご担当の加藤様、便宜を図ってくださった田澤様に御礼申し上げます。

両交通局関係者の皆様、ありがとうございます。

早稲田で825号の後で停車している高田馬場駅行きの7037号 (許可を得て掲載)

錦糸町駅前の横断歩道で停止している7039号 (許可を得て掲載)

1970年(昭和45年)2月、東京都電より7000型が10両、函館にやってきました。

都電7039号は、1955年(昭和30年)7月4日に、日本車輌東京支店にて製造されました。柳島車庫に配置され活躍していました。
1970年(昭和45年)2月25日付で函館市交通局へ譲渡されましたが、実際には2月上旬(2月7日以降)に函館に到着していたようです。
函館市電では1001号として活躍しましたが、1973年(昭和48年)10月1日付で惜しくも廃車となりました。電動発電機に東芝のCLG303ADという装置が使われていたのですが、北国には適さなかったのかもしれません。函館にやってきた都電7000型10両の内、1001号(旧7039号)、1002号(旧7042号)、1003号(旧7040号)の3両は、同じ電動発電機を使っていましたが、3両共、同じ日に廃車となっています。

都電7037号は、1955年(昭和30年)6月30日に、日本車輌にて製造されました。早稲田車庫に配属されて活躍していました。
7039号と同様に1970年(昭和45年)2月に函館にやってきました。
函館市電では1008号として現在でも活躍中です。

函館に到着して間もない頃の1008号[運転窓改造前](許可を得て掲載)

写真をご紹介できませんでしたが、都電7041号は、都電7039号と同じ日に同じ場所で製造されました。三ノ輪車庫に配属の後、1969年(昭和44年)2月8日に錦糸堀車庫へ転属となりました。
7037号と共に函館にやってきて、函館市電では当初1005号として活躍しました。
1985年(昭和60年)5月1日付で1007号(旧7034号)が廃車になる際、1005号と1007号の間で車番交換が行われ、二代目の1007号になりました。
現在の1007号(旧7041号)も活躍中です。
1007号は、1993年(平成5年)3月より都電当時の塗装色の姿になりました。
2005年7月現在、1007号(旧7041号)は休車状態です。(2005.7.3追記)

こちらも写真がありませんが、都電7033号は、都電7037号と同じ日に同じ場所で製造されました。錦糸堀車庫に配属の後、1968年(昭和43年)5月22日に荒川車庫へ転属となりました。
7037号と共に函館にやってきて、函館市電では1006号として現在でも活躍中です。

1006〜1008号の電動発電機には、日立のHG532Grbという装置が使われていますが、北国でも耐久性がる装置なのだと思います。1010号の1両だけが、同じ日立でもHG832Bbという装置でしたが、北国には適さなかったのかもしれません。1010号は、函館に到着した翌年の1971年(昭和46年)8月20日付で早くも廃車になりました。
電動発電機のHG532Grbですが、出力が大きい反面、抵抗器を傷めやすいという弱点があるそうです。そのため、営業路線では、坂道のきつい宝来−谷地頭線を避けて、2系統ではなく、もっぱら5系統「湯の川−函館どっく前間」の運転にしているそうです。

1010号は、電動発電機の問題ではなく、他の9両の補修部品確保の為に廃車になったようです。(2005.7.3追記)

1000型は、現在では、2系統の運用でも使用されています。勾配がきつくとも、問題なく運転できるように、どこかの時点で改良されたのではないかと考えられます。(2005.7.3追記)

上記の1008号の写真でご覧いただいたように、約1年の間ですが、東京時代と同じ姿で運行されていました。

なお1971年(昭和46)3月のワンマン化改造時に、1010号を除いて運転窓(前面2枚窓)の改善が併せて行われています。元々2枚窓でしたが、左右同じ大きさである為、改造前は運転時に死角が生じていました。改造により視野が広がりました。ただし、この改造で窓は開かなくなりました。本当は大きな1枚窓が望ましいのですが、当時はガラスの強度の強化や軽量化の技術の関係で、1枚にはできなかったのだと思われます。

1006、1007、1008号の3両がいつまでも元気で活躍してくれることを祈っています。

前のページへ戻る 江戸っ子時代の姿[1] 次のページへ進む

(2001年11月22日/12月23日更新)



トップページ
乗車料金と所要時間
函館市電の歴史
昔の車両のご紹介
車両のご紹介
営業路線のご案内
資料・情報館
写真館
リンクのコーナー
写真の著作権
コンテンツ一覧