広島の路面電車[12]
広島電鉄 2014年11月  輸送人員と路線延長が日本一の路面電車


広島電鉄 系統図
広島電鉄 系統図 Hisagi(氷鷺)様作成 Hiroshima_Electric_Railway_map.png


内藤様と多田様より、広島電鉄の写真をお送りいただきました。
内藤様の写真(【1】〜【26】、【31】)は、2014年11月に撮影されたものです。
多田様の写真(【27】〜【30】)は、2014年10月に撮影されたものです。
ありがとうございます。



































76号。マダムジョイ千田店前
【31】76号。マダムジョイ千田店前。


車番 製造年 製造メーカー 備 考
76号 1959年
(昭和34年)
DUEWAG 3車体8軸の全鋼製連節車。1959年デュワグ(DUEWAG)社製。
1982年に西ドイツのドルトムント市電より移籍しました。
76号、77号 の2編成が存在しましたが、77号は2006年1月に廃車後
解体されました。

76号は、2012年7月から2013年3月まで、マダムジョイ千田店前で
イートインスペース(飲食施設)として使われました。
2013年4月からは、展示だけとなっています。
351号
353号
1958年
(昭和33年)
ナニワ工機 350形は、宮島線と市内線との直通運転を目的として作られました。
広島電鉄では、唯一の間接非自動制御車です。
現在では、宮島線には入線せず、市内線用として運用されています。
市内線の運転士養成時に、訓練車として使われることもあります。
製造当時は851〜853号でしたが、1971年(昭和46年)に、
350形(351〜353号)に改番されました。
651号 1942年
(昭和17年)
木南車輌製造 650形は、651〜655号の5両が製造されました。5両とも原爆で被爆しています。
655号は、事故が原因で、1967年(昭和42年)に廃車となりました。
654号は、2006年(平成18年)6月で廃車となり、広島市交通科学館へ
寄贈され静態保存されています。
2014年10月現在、651,652号の2両が活躍しています。
653号は、運用を離れ江波車庫で保管されています。
762号 1940年
(昭和15年)
木南車輌 元大阪市電1651形。大阪市電の1651形は、広電に4両譲渡され、
761〜764号となりました。
残念ながら、761号(元1651号)は、2014年2月に廃車となりました。
2015年1月の時点で、4両の中で現存するのは、
762号(元1652号、大阪大空襲 被災車両)だけです。
768、769、772号の3両(元大阪市電の1801形)と併せて、
広電では同じ750形として管理されています。
802号
803号
806号
807号
810号
1983年
(昭和58年)

1997年
(平成9年)
アルナ工機 初代の800形は、1983年までに廃車になりました。
現在の800形は、1983年(昭和58年)以降に登場した2代目になります。
801,802号は1983年(昭和58年)、803,804号は1987年(昭和62年)、
805〜808号は、1990年(平成2年)に製造されました。
809〜812号は、1992年(平成4年)、813,814号は、1997年(平成9年)に
製造されました。
911号 1957年
(昭和32年)
大阪車輌工業 元大阪市電2601形。
大阪市電の2601形は、広電に14両譲渡され、901〜914号となりました。
2015年1月の時点で、904〜907、910〜914号の9両が残っています。
1001号
1002号
1004号
2013年
(平成25年)

2014年
(平成26年)
近畿車輛
三菱重工業
東洋電機製造
広島電鉄
初代の1000形は、1968年(昭和44年)までに廃車になりました。
現在の1000形は、2013年(平成25年)に登場した2代目になります。

4社の共同プロジェクトで製造された車両です。
3車体2台車の連接車両です。
1001〜1003号は2013年(平成25年)、
1004〜1005号は2014年(平成26年)の製造です。

愛称は、1001号が「PICCOLO」(ピッコロ)、1002号が「PICCOLA(ピッコラ)」、
1003〜1005号が「GREEN MOVER LEX(グリーンムーバーレックス)」です。
1905号
1909号
1915号
1957年
(昭和32年)
ナニワ工機
東洋工機
京都市電の廃止に伴い、京都から譲り受けた1900形です。
広島でも同じ1900形となりましたが、改番されています。
京都から譲り受けた車両は全部で15両です。
改番後の1901〜1911号はナニワ工機、1912〜1914号は東洋工機、
1915号は日本車輌製造で作られています。
3003号
3005号
3007号
1954年
(昭和29年)

1964年
(昭和39年)
汽車製造
日立製作所
西日本鉄道・福岡市内線の電車を譲り受けた、3車体4台車の連接車です。
西日本鉄道の時代は、1101形、1201形、1301形でした。

1963年6月・日立製作所製 (1206A・1206B・1203A)→3003ACB

1954年7月・汽車製造製 (1101A・1101B・1102A)→3005ACB

1305A(1964年8月・汽車製造)、1207B(1963年6月・日立製作所)、
1305B(1964年8月・汽車製造)→ 3007ACB

ただし、広電では、全て1963年(昭和38年)製の扱いとしています。

西鉄時代は2車体の連接車でしたが、
広電で3車体の連接車に改造されています。
広電では、3001〜3008の8編成になりました。2014年10月の時点で、
3002〜3008の7編成が残っています。
3702号 1984年
(昭和59年)

1987年
(昭和62年)
アルナ工機 3車体4台車の連接車です。
3701号は1984年(昭和59年)、3702号は1985年(昭和60年)、
3703号は1986年(昭和61年)、3704,3705号は1987年(昭和62年)に
製造されました。
3701〜3705号の5編成が製造されました。愛称は、「ぐりーんらいなー」です。
5005号
5011号
1999年
(平成11年)

2002年
(平成14年)
シーメンス ドイツのシーメンス社で12編成が製造されました。
5車体3台車の連接車両です。
5001〜5004号は1999年(平成11年)、
5005〜5008号は2001年(平成13年)、
5009〜5012号は2002年(平成14年)の製造です。
愛称は、「GREEN MOVER」(グリーンムーバー)です。
5102号 2004年
(平成16年)

2008年
(平成20年)
近畿車輛
三菱重工業
東洋電機製造
広島電鉄
4社の共同プロジェクトで製造された車両です。
5車体3台車の連接車両です。
5101号は2004年(平成16年)、
5102〜5104号は2005年(平成17年)、
5105〜5108号は2007年(平成19年)、
5109,5110号は2008年(平成20年)の製造です。
2005年にグッドデザイン賞を受賞しています。
愛称は、「Green mover max」(グリーンムーバーマックス)です。

車番 旧車番 広島電鉄900形の、大阪市電(大阪市交通局)時代の旧車番についてですが、
904〜910号の7両については、2つの説があるようです。
説1 説2
901 2628
902 2631
903 2633
904 2630 2634
905 2632 2626
906 2635 2627
907 2634 2629
908 2629 2630
909 2626 2632
910 2627 2635
911 2636
912 2637
913 2638
914 2639

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(2015年1月3日掲載)


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