昔の設計図
 自社工場製  車輌専門メーカーも絶賛の100型

函館では、路面電車の車体を自社工場で作成していた時代がありました。
昭和の初期で、昭和9年(1934年)の函館大火が起きるよりも前のことです。
堺市の梅鉢鉄工所(現在の東急車輌株式会社)から購入した101〜107号、109号〜112号(旧41〜43及び46号)を参考に、函館水電株式会社が自社工場で製作した100型です。108、113〜140号の29両が自社工場製です。大正15年に新川車庫の火災があった後、東京市電から20両の車輌を購入しましたが、車体が明治生まれで古くなっていたため自社工場で車体更新を行いました。また、車庫火災で焼失した10型車の利用できる台車部分等を利用して、車体を自社工場で再生しました。これらが108、及び113〜140号になったのです。この100型の他に、やはり車庫火災で焼失した旧500型の車体(2両の内の1両)も自社工場で再生してます。これらの車体製作の技術の高さは梅鉢鉄工所からも絶賛されました。

この高い製作技術は、同時に高い設計技術があったからこそ可能だったともいえます。函館には白旗技師という、これもまた車輌製造メーカーが驚くような、高い技術水準の設計技師がいたのです。

自社工場で作られた100型は、どんな設計図をもとに作られたのか探していたのですが、118号の設計図を見つけることができました。実際の車輌は1両も残っていないのは残念なことですが、設計図だけでもとても貴重な文献で、残っていたのはとてもありがたいことだと思います。昭和5年(1930年)に発行された本に掲載されていた図面です。この本は平成5年(1993年)になって復刻版が出されています。

100型は、大半の10型車(1〜40号)とは異なり、側面板が2枚板を用いず1枚で、台車付近で すぼめる ような曲線を描かず、地面に対して最後まで垂直な構造でした。そして、運転席の窓と、客席の窓が、地上からの高さは同じ位置にあることがわかります。設計図をごらんになるとそれがわかると思います。昔の電車の中には、運転席の窓が客席の窓に比べて低い位置にあるものもあります(200型や箱館ハイカラ號等)。

118号車の設計図(『最新電動客車明細表及型式図集』より)


■118号の主な仕様
車種名称 木造四輪電動客車
製造(改造)年 昭和3年12月
最大長 8,255mm
最大高 3,064mm
最大巾 2,184mm
車体 函館水電製
台車 ブリル21E
自重 8.129t(トン)
主電動機 GE社製 出力 25HP×2
制動装置 ナショナル会社製
制御器   GE社製
車輪直径 787mm
最大運転速度 21.0km/h
表定速度12.2km/h
乗客定員数 42人












 ■参考文献
  ●『最新電動客車明細表及型式図集』
   −昭和5年12月20日
     社團法人電氣協會關東支部

  ●『続 函館市史資料集(第1号)』
   −昭和46年3月
     函館市史編さん事務局


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