広島の路面電車[7] |
広島電鉄 | 2006年6月 | 輸送人員と路線延長が日本一の路面電車 |
広島電鉄 系統図 Hisagi(氷鷺)様作成 Hiroshima_Electric_Railway_map.png |
江波車庫内の写真は、許可をいただいて撮影したものです。
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広島電鉄関係者の皆様、車庫を見学させてくださり、本当にありがとうございました。 |
車番 | 製造年 | 製造メーカー | 備 考 |
貨51号 貨52号 |
1928年 (昭和3年) 〜 1929年 (昭和4年) |
藤永田造船所 梅鉢鉄工所 |
大阪市電1637号→広島市電758号→貨51号(1979年改造) →貨52号(1980年改番)→2013年4月解体 大阪市電1643号→広島市電759号→貨51号(1980年改造) 1979年(昭和54年)、758号を無蓋貨車に改造して貨51号が誕生しました。 翌年には、貨52号へ改番されました。 そして、759号の改造により、貨51号が誕生しました。 大阪市電の時代は、1601形でしたが、1601形は藤永田造船所で75両、 梅鉢鉄工場で25両が作られています。 1601形は、戦災の影響で改番が行われたようで、この2両が、藤永田造船所、 梅鉢鉄工所のどちらの製造によるのか、つきとめられませんでしたので、 メーカー名は併記させていただきました。 |
238号 | 1928年 (昭和3年) |
DUEWAG |
初代の200形は、1966年(昭和41年)までに廃車になりました。 現在の200形は1988年(昭和63年)に登場した2代目になります。 元々は1928年(昭和3年)に作られた車両ですが、1950年(昭和25年)に ドイツのデュワグ(DUEWAG)社が車体更新をしました。 1988年(昭和63年)に、姉妹都市のドイツ・ハノーバー市より寄贈されました。 構造上、冷房装置を取り付ける改造ができない為、11月〜3月の冬場に 運用されているようです。 |
551号 553号 |
1955年 (昭和30年) |
ナニワ工機 | 550形は、551〜555号の5両が製造されました。 552号は、車庫火災で被災したため、早い時期に廃車になりました。 残っていた4両も、2006年の6月で運用からの離脱が決まりました。 553号は、残念ですが2006年8月に解体されました。 休車扱いで最後まで残されていた551号も、2013年4月に解体されて しまいました。現存車は、ありません。 |
584号 | 1962年 (昭和37年) |
大阪車輌工業 |
神戸市電の廃止に伴い、1971年(昭和46年)に譲り受けた車両です。 神戸市電時代は500形で、17両を譲り受け、広島では570形になりました。 578号は、サンフランシスコ市へ寄贈され、現地で動態保存されています。 584号は、残念ながら2006年(平成18年)6月に廃車となり、 翌月に解体されました。 2014年10月の時点で残されているのは、582号の1両だけとなりました。 582号は、584号よりも2年早い1960年(昭和35年)製です。 この1960年、1962年というのは、書類上ではこの年が製造年なのですが、 実際は、新規の製造ではなく、大規模な更新が実施された年のようです。 582号のルーツを辿ると、1924年(大正13年)神戸市電J車557号として製造、 大規模な更新後に592号へ改番、広島へ譲渡時に582号へ改番、のようです。 1924年(大正13年)生まれとなると、これは大変貴重な車両だと思います。 156号と同様に、長い車歴を持つ車両であるといえます。 是非とも、広電の宝として末永く残していただきたいと思います。 |
602号 | 1948年 (昭和23年) |
汽車会社 |
初代の600形は、1972年(昭和47年)までに廃車になりました。 現在の600形は1976年(昭和51年)以降に登場した2代目になります。 602号は、西鉄北九州線より譲り受けた車両です。3両譲り受けましたが、 他の2両は廃車となり、602号だけが残りました。西鉄時代は502号でした。 運輸省規格型の車両で、横浜市電の1300形も同形式です。 |
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(2014年10月12日掲載) |