広島の路面電車[10]
広島電鉄 2006年6月  輸送人員と路線延長が日本一の路面電車


広島電鉄 系統図
広島電鉄 系統図 Hisagi(氷鷺)様作成 Hiroshima_Electric_Railway_map.png


広島電鉄株式会社(爆心地から約1.9キロメートル)
1945(昭和20)年8月6日、人類史上初の原爆投下により、一瞬にして木造の本社屋は半壊し、修理工場
や車庫では多くの職員が倒壊した建物の下敷きになって押しつぶされました。ラッシュアワーで混雑す
る乗客を乗せて走っていた電車やバスの中でも、多数の犠牲者が出ました。交通機関も壊滅的な状態で
したが、関係者の懸命な努力により、その3日後には早くも西天満町〜己斐間の電車の運行が再開され
ました。動き始めた電車の姿は、うちひしがれた市民の気持ちを大いに力づけました。
(半壊状態の広島電鉄本社 1945(昭和20)年 川本俊雄氏撮影)

Hiroshima Dentetsu Co.,Ltd.(Approx. 1.9 kilometers from the hypocenter)
On August 6, 1945, as a result of the first atomic bombing in the history of mankind, the wooden main
office building was partially destroyed in an instant and the streetcar maintenance building and garage
collaspsed, burying and crushing many employees. There ware also numerous lives lost among the rush hour
passengers crowded aboard streetcars and buses being operated throughout the city. The transit system
was left in a state of complete destruction, but, due to the strenuous efforts of company employees,the
streetcar service between Nishitenma-cho and Koi was quickly reopened 3 days later. The sighe of streetcars
operating once again helped to raise the spirits of the despondent citizens of Hiroshima.
(The partially destroyd Hiroshima Dentetsu Main Office, photographed by Tohio Kawamoto in 1945.)


千田車庫内の写真は、許可をいただいて撮影したものです。






























車番 製造年 製造メーカー 備 考
351号 1958年
(昭和33年)
ナニワ工機 350形は、宮島線と市内線との直通運転を目的として作られました。
広島電鉄では、唯一の間接非自動制御車です。
現在では、宮島線には入線せず、市内線用として運用されています。
市内線の運転士養成時に、訓練車として使われることもあります。
製造当時は851〜853号でしたが、1971年(昭和46年)に、
350形(351〜353号)に改番されました。
651号
652号
654号
1942年
(昭和17年)
木南車輌製造 650形は、651〜655号の5両が製造されました。5両とも原爆で被爆しています。
655号は、事故が原因で、1967年(昭和42年)に廃車となりました。
654号は、2006年(平成18年)6月で廃車となり、広島市交通科学館へ
寄贈され静態保存されています。
2014年10月現在、651,652号の2両が活躍しています。
653号は、運用を離れ江波車庫で保管されています。
761号 1940年
(昭和15年)
木南車輌 元大阪市電1651形。大阪市電の1651形は、広電に4両譲渡され、
761〜764号となりました。
残念ながら、761号(元1651号)は、2014年2月に廃車となりました。
2014年10月の時点で、4両の中で現存するのは、
762号(元1652号、大阪大空襲 被災車両)だけです。
768、769、772号の3両(元大阪市電の1801形)と併せて、
広電では同じ750形として管理されています。
769号
772号
1950年
(昭和25年)
富士車両 元大阪市電1801形。大阪市電の1801形は、広電に8両譲渡され、
765〜772号となりました。
2014年3月に、769号と772号は休車となりました。
2014年10月の時点で、8両の中で現存するのは、
768号(元1827号)、769号(元1828号)、772号(元1831号)の3両だけです。
762号(元大阪市電の1651形)と併せて、
広電では同じ750形として管理されています。
1907号
1909号
1957年
(昭和32年)
ナニワ工機
東洋工機
京都市電の廃止に伴い、京都から譲り受けた1900形です。
広島でも同じ1900形となりましたが、改番されています。
京都から譲り受けた車両は全部で15両です。
改番後の1901〜1911号はナニワ工機、1912〜1914号は東洋工機、
1915号は日本車輌製造で作られています。
3004号
3005号
1954年
(昭和29年)

1964年
(昭和39年)
汽車製造
日立製作所
西日本鉄道・福岡市内線の電車を譲り受けた、3車体4台車の連接車です。
西日本鉄道の時代は、1101形、1201形、1301形でした。
1962年8月・日立製作所製 (1201A・1202B・1202A)→3004ACB
1954年7月・汽車製造製 (1101A・1101B・1102A)→3005ACB
ただし、広電では、全て1963年(昭和38年)製の扱いとしています。

西鉄時代は2車体の連接車でしたが、
広電で3車体の連接車に改造されています。
広電では、3001〜3008の8編成になりました。2014年10月の時点で、
3002〜3008の7編成が残っています。
3951号 1997年
(平成9年)

1998年
(平成10年)
アルナ工機 3車体4台車の連接車両です。3951,3952号は、1997年(平成9年)、
3953〜3956号は1998年(平成10年)に製造されました。
製造当初は、宮島線内で高速運転すると、強い横揺れが生ずる問題が
生じていました。 その後、台車の改良により、問題は解消しています。
台車は、住友金属製FS87AM、連接部はFS87ATを使用しています。
愛称は、「Green Liner」(グリーンライナー)です。
5104号 2004年
(平成16年)

2008年
(平成20年)
近畿車輛
三菱重工業
東洋電機製造
広島電鉄
4社の共同プロジェクトで製造された車両です。
5車体3台車の連接車両です。
5101号は2004年(平成16年)、
5102〜5104号は2005年(平成17年)、
5105〜5108号は2007年(平成19年)、
5109,5110号は2008年(平成20年)の製造です。
2005年にグッドデザイン賞を受賞しています。
愛称は、「Green mover max」(グリーンムーバーマックス)です。

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(2014年10月15日掲載)


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