昔の車両のご紹介
 
700型   701〜705

1957年(昭和32年)3月、株式会社新潟鉄工所で5両製作されました。
500型や600型に比べ、若干長さの短い車両でしたが、定員は同じく80名でした。
正面から見た姿は600型と同様で、車番が見えなければ見分けがつかないほど、よく似ていました。側面からみると、窓の数や扉の数(600型は3ヵ所)の差違がありました。

703号のイラスト


704号−函館市交通局 『市電50年のあゆみ』より
交通局の許可を得て掲載


●ワンマンカー改造後の700型     

700型のワンマンカー対応は、600型よりも少し早く、1969年(昭和44年)の1月〜3月にかけて行われました。600型とは異なり、扉の開閉機能は製造当初から取り付けられており、改造が不要だった模様です。運転窓の改良は600型と同様に行われました。600型同様、こちらも2枚窓から3枚窓になったようです。不思議な窓の形です。
これは、特に夏場、車内が暑くなる為、運転席へ風を通す為の工夫だそうです。運転席の側面の窓から風は入りましたが、客室へ風が入っても運転手の場所は涼しくならなかった為、工夫された模様です。現在の500型、710型、800型もよくみると、風が入るよう正面の運転窓が開くようになっています。

600型は行先方向幕が大きいものに改良されましたが、700型は改良されなかった模様です。3月といえば、函館市交通局も決算期末なので、方向幕を大きくする為の予算が不足したのかもしれません(推測です)。後からワンマンカー対応を行った600型のみ方向幕の改良を加えた本当の理由はわかりません。

    
岸 宗弘様撮影 梁川車庫前の701号 1972年8月−許可を得て掲載


台車には住友金属のFS-77が使用されていました。防音対策として、電動機部分に防音ギアを用い、弾性車輪を使用しました。
防音効果は大きく、レールからの騒音を減らすことに成功しましたが、複雑な機構の為、保守費用は他の車両よりも多くかかりました。
窓の形も独特の変則窓で、運転手からの評判も悪く、事故も多発しました。
600型と同様に次第に予備的な存在となりました。1973年(昭和48年)10月1日、600型と共に全て廃車となりました。600型に比べ、さらに短い生涯だったといえます。
(2001年10月27日/2002年2月3日・7日一部追記)  
(2002年2月10日スケッチの追加と一部追記)  
(2002年2月12日写真の追加とスケッチの削除)


704号車の写真の掲載につきましては、函館市交通局より発行の
『市電50年あゆみ』より掲載させていただきました。 許可をくださった、
函館市交通局長の岩船様、 ご担当の加藤様、そして函館市交通局の皆様と、
便宜を図ってくださった田澤様に御礼申し上げます。 ありがとうございます。
(2001年12月22日)

 701号の写真の掲載につきましては、岸 宗弘様のご好意により掲載させていただきました。
昭和47年当時の大変貴重なカラー写真です。700型(701〜705号)の写真は残されている写真が大変少ないのですが、カラー写真となれば、もしかすると現存するのは岸様のこの1枚だけかもしれません。鉄道雑誌や路面電車の写真集でも700型はほとんど紹介されていません。紹介されていても、白黒であり、カラーで紹介されたことはありません。
私が調べた範囲では、鉄道雑誌や写真集の掲載状況は次のとおりです。いずれも白黒写真です。

・「鉄道ピクトリアル」...掲載無し
・「鉄道ファン」...1969年8月号(No.98)→703号
・「鉄道ジャーナル」...昭和47年(No.53)→703号
・「チンチン電車80年」
 (立風書房・東京出版企画社編 昭和53年)→704号
・「路面電車時代」(大正出版)...→701号

このような700型のすばらしい写真は、はじめて拝見いたしました。
岸様からは、他にも1001号の写真や、多数の貴重な写真の掲載許可を頂戴し、「写真館」内の『岸様写真館』のコーナーでご紹介しています。
許可をくださった岸様に御礼申し上げます。
ありがとうございます(2002年2月12日)。
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