明治生まれの除雪車 雪3号 解体
2003/3/8

とても悲しい事ですが、掲載いたします。

函館市交通局には3両の除雪車(排雪車)がありましたが、その中の雪3号(排3号)が3月6日に解体されました。除雪作業は、業者へ委託しており、3両も必要が無いとの判断から、今回の措置が決定されたようです。

雪3号は、1903(明治36年)〜1905年の何れかの年に製作されました。製作した工場は、大塚工場か天野工場だと考えられます。

最初に活躍した場所は東京市街鉄道でした。1906年に、東京電車鉄道、東京市街鉄道、東京電気鉄道の三社が合併し東京鉄道株式会社となりました。それを東京市が買収して1911年(明治44)年8月1日「東京市電気局」が発足し、東京市電が誕生しました。

東京市電時代は520号として活躍しました。
1920年(大正9年)には、梅鉢鉄工所(現在の東急車輌株式会社大阪製作所)で車体更新を受け、ヨヘロ型と呼ばれる車体になりました。
関東大震災の後、生き残ったこの車両は、1925年(大正14年)の車番整理を受けて35号となりました。

1934年(昭和9年)3月21日に函館大火があり、たくさんの車両が焼失しました。車両を補充すべく、東京市電から45両の車両を買付しました。購入は5回に分けられて行われました。東京市電の35号は、5回目の買付(1935年)のときに函館にやってきました。

1935年6月27日に組み立てと点検が完了し、函館では244号の車番となりました。6月29日から就役を開始しました。

1937年(昭和12年)には除雪車に改造され、雪3号となりました。ですので、函館に来てから客車として活躍したのは2年弱で、除雪車として活躍した期間のほうが長いのです。

雪3号の車体は解体され、台車は、「箱館ハイカラ號」 (1918年、成田電気軌道株式会社より購入。除雪車から客車へ復元され活躍中) へ流用される予定です。

明治生まれの貴重な文化財が無くなるのは、とても寂しいことです。
もう3両揃った姿を見ることはできません。
残る除雪車は雪4号と5号の2両だけとなりました。

田澤様撮影(2002年10月28日)駒場車庫前 。先頭より雪3、雪5、雪4号。


 田澤様からお送りいただいた情報です。田澤様ありがとうございました。